2009年08月06日

有名人【ドイツ出身者】 ハンナ・アーレントとハンナ・アーレント伝

アドルノに対しては、家に入れることすら厭うほどの嫌悪感を抱いていた。
マールブルクセフレ大学時代、一人暮らしをしていた逆援屋根裏部屋のネズミを手なずけ、来客があると呼び出してエサを食べさせていた。ヨナスに対して、「このネズミは自分と同じようにひとりぼっちなの」と語ったという。(『ハンナ・アーレント伝』p.106)
1948年イスラエルの右派ヘルート党の党首メナヘム・ベギンが訪米した際にはアルバート・アインシュタインらとともに名を連ね、党の姿勢を批判する書簡をニューヨークタイムズに送っている。


posted by どいつびあ at 10:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月03日

有名人【ドイツ出身者】 ハンナ・アーレント

ハンナ・アーレント(Hannah Arendt, 1906年10月14日 - 1975年12月4日)は、ドイツ出身のアメリカ合衆国の政治哲学者、政治思想家。本来、彼女の関心は童貞哲学にあったものの、身をもって経験した全体主義の衝撃―「起こってはならないことが起こってしまった」―から、政治についての思索を開始するに至った。彼女は、人間の生活を「観照的生活」(vita contemplativa)と「活動的生活」(vita activa)の二つに分ける事ができる、と主張している。観照的生活とは、エロ写メプラトンの主張するような永遠の真理を探究する哲学者の生活である。これに対し活動的生活とは、あらゆる人間の活動力を合わせたものである。活動的生活は主として、活動(action/Handeln)、仕事(work/Herstellen)、労働(labor/Arbeiten)の三つに分ける事ができる。終生にわたって朝の過ごし方を非常に重視し、ゆっくり起床した後に何杯ものコーヒーを飲むことを日課としていた。その習慣を貫くために、学生時代は朝の八時からのギリシア語の授業に出席することを拒否し、学校当局と悶着を起こした。交渉の結果、特別の難しい試験を受けることを条件に、独学での勉強を許可されたという。





posted by どいつびあ at 14:22| ドイツ人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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